トラウマな話。

六年前(当時高一)の夏休み、三人の友達と海釣りに行った。
海までは自転車で小一時間(校則でバイクは禁止されていた)で、
朝まずめ(明け方の魚の食い付きがいい時間帯)に釣ろうという計画から、
夜中の3時起きで出掛ける事にしたのだが、一人が寝坊してしまった。

そのため、目的地の埠頭に着いた時には案の定、好ポイントは先客に取られてしまっていた。
それで仕方が無いので、これを機に釣り場を新規開拓しようという話になり、
堤防沿いに少し走って、遊泳禁止区域の砂浜で釣る事にした。
結果から言うと、この選択は失敗で、四人もいながら魚は1尾しか釣れなかった。
その上、この魚が奇妙で、形は体長20cmほどのカワハギなのだが、
赤錆色の魚体に暗緑色の斑模様という、見たことの無い体色だった。
通常、カワハギの体色は白灰色地に黒っぽい褐色斑であり、
こんな色合いのものは見たことが無かった。
(結局、この辺ではこういう体色なのだろうという結論に落ち着いたが)
何分夏の盛りのことなので、8時位には既に日差しが熱く感じられ始め、
仕方なく諦めて荷物をまとめ始めた矢先、
海岸でゴミ拾いをしていた地元のおじさんが声をかけてきた。
やはりそこは釣りに向かない場所だったらしく、おじさんには
「釣れんだろう?」
と同情的な微笑を向けられた。それで自分達は少々恥じ入りながら、
「3時間ほど粘って1匹だけです」
と例のカワハギを見せると、途端におじさんは顔を曇らせ、
「あんたらキタマクラ釣ったんか」
と難儀そうに言った。
キタマクラという魚はフグの仲間に実在するのだが、
全国名と同じローカル名をつけられている別種の魚というのはままいるので、
(この辺じゃコレをキタマクラと呼ぶのか)
と考えながら、
「毒でもあるんですか?」
と尋ねると、
「毒は無いけど、食べるモンじゃない」
と奥歯に物が挟まったような回答。そして、それに続き、
「悪いけど、ちょっと漁協まで来てくれ」
と言われた。

漁協では防災放送で組合漁師が招集され、集まってきた漁師さん達は、
皆一様にクーラーボックスの中の赤いカワハギを見て顔をしかめていた。
実はこの赤いカワハギは養殖魚か何かで、
漁業権侵犯で怒られるんじゃないかと戦々恐々していた自分達。、
そこに漁協職員らしきお爺さんが、
「あんたら、この辺の子じゃないね。この後、海水浴していくつもりか?」
と訊いてきたので、
「釣りに来ただけで、もう帰るところでした」
と答えると、
「それならいい。なるべく早く帰りなさい」
との返事。結局それを訊かれただけで、自分達はあっさり解放された。
(ただし、カワハギは召し上げられてしまった)
何が何だか判らないまま帰り支度をしいると、先のおじさんが来て
全員に缶ジュースを手渡し、この度の件の説明をしてくれた。

曰く、あのキタマクラと呼ばれる赤いカワハギは、
地元では水死体を食べる魚として忌まれているのだとか。
体色からの連想なのだろうが、魚が水中の死骸を食べるのは普通だし、
浮遊物に集まる習性から水死体にも集まるシイラや太刀魚も、
「シビトクライ」と呼んで忌み嫌う地方があると聞く。
ただ、この地のキタマクラの場合は、滅多に水揚げされないものの、
揚がると必ず数日中に同じ数の水死者が出るのだという。
それで、漁師さん達はこれから揃って御祓いを受けに行くとの事。
近くの(といっても2kmは離れているが)海水浴場も、
遊泳域を浅瀬側に狭めて対処するらしかった。
「海に近づかなければ大丈夫だろうから、引き込まれない内に帰った方がいい」
お終いにそう言われ、釣果の代わりなのか口止め料のつもりなのか、
自分達は各々干物の入ったビニール袋を持たされて家路に着いた。

翌々日、新聞に遊泳禁止区域でサーファーが溺死した旨が報じられていたが、
小さな記事で、それ以上の詳細は判らなかった。
自業自得の事故と言われればその通りだと思う一方、
やはり自分達があれを釣ったせいではという思いが頭から離れず、
それ以来、四人全員、釣りをしなくなった。

コメント

  1. ひな より:

    不思議な魚だね…
    小学生の時に先生から
    『魚は水死体を食べるぞ。シャコとか水死体に沢山貼り付いてるんだ』
    なんて話を聞いたのを思い出したorz

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