30年間外に出なかった男

10年位前まで、富山県のある介護タクシー事務所へ所属しており、今は都内で別な仕事をしている知人Aの話です。

知人Aが当時勤めていた介護タクシーの事務所では、精神障害などで手に負えなくなった方を、家族からの依頼で自宅から数人掛かりで連れ出し、力ずくで病院へ運送する仕事をしていました。
メインとなる大部分の仕事は通常の介護患者の運送をしているし、普段はそんな仕事まではやらないのですが、
身内を世間におおっぴらにしたくない地域性のためか、そのような強制的な運送の依頼が来ていたそうです。

ある日、市内へ何店舗も手広く店を経営しているような有力者から「私の弟を連れ出して欲しい」と依頼があり、早速、指定された家に向かいました。
依頼者からの説明によれば、弟さんはいじめか何かで高校を中退して以降、30年近く仕事へ付いておらず、
40代後半の今に至るまで、ずっと家に閉じこもっているそうです。
父親はもう30年以上前に離婚しており、依頼者も奨学制度で大学に入って以降は独立、弟さんは70歳前後の母親と二人で暮らしており、
母親は年齢をごまかしながらパートなどをして生計を立てていたそうです。

依頼者は、独立して家を出て以降も、時々実家に出向いて、弟さんを働くよう諭すことに挑戦してきましたが、会うことすら難しく、
母親は母親で、逆に依頼者へ「本人が辛いと思っているなら無理をさせないほうがいい」と言う始末で、らちが明かないまま
今に至っておりました。
年老いた母親一人だけでは二人の生活を養っていくのは難しいのは目に見えているため、依頼者は数ヶ月に一回くらい仕送りをして生活の足しにして貰っていました。

しかし、半年位前から母親がパートを休みがちになっていると耳にし、心配になって実家に行くと家へ入れてすら貰えず、何度言っても門前払いばかり。
最終手段として、その介護タクシー事務所へ依頼してきたそうです。

連絡を受けた知人Aは、同僚二人と依頼者の合計4人で実家へ向かいました。
説明にあった通り、玄関で依頼者が「おーい!開けろよ!」「何かあったのか?心配してるんだぞ!」と声を張り上げてドアをバンバン叩いても、
殆ど聞き取れない位のか細い声で、玄関越しに「入って来ないで…うちらは心配しなくても大丈夫だから…」と、母親らしき年老いた女性が返答するばかり。

それが最後通告だったようで、依頼者は「こりゃもう駄目だ。裏から入って力ずくで連れ出して欲しい」と知人Aらへ決心を伝えてきました。
依頼者の案内により庭に周って、腐りかけて弱くなった雨戸を外して中に踏み込みました。

入ってみると、一階はしばらく掃除していなかったようで、あちこちにゴミが散乱し、異臭すら放っていました。
台所も、汚い食器がそのまま流しに放置されており、蠅が何匹も飛んでいました。
一階の各部屋を回りましたが、先刻まで、たまに呼びかけへ返答していた母親の姿も見えず、
どうやら二階へ行ったのだろうということで、四人は階段から二階へ上りました。

依頼者によれば「二階の手前は倉庫代わりに使っているから恐らくそこは居ない。弟が昔から弟が閉じこもっているのは奥の部屋」ということだったので、奥の部屋の襖に手を掛けました。
中から何か引っ掛けられているようで、なかなか開きませんでした。
やむを得ないので、依頼者の承諾の元、襖を持ち上げて外してみました。
その時、中からカビ臭いような生臭いような異臭が漂ってきて、知人Aは吐き気すらしたそうです。

部屋の中には布団がしかれており、母親と一緒に弟が、まるで子供のように添い寝をしていました。
無理矢理引き離した時、弟は子供のように泣きじゃくって抵抗してきて、取り押さえるのに難儀したそうです。
母親は「やめて!乱暴はやめて!」と泣きながら必死で止めようとしてきましたが、それを依頼者が制止しました。
弟を介護タクシーへ乗せるのを同僚達に任せ、知人Aは、取り乱す母親と依頼者のやり取りを見つつ、部屋の中を見回しました。
まるで昭和50年代あたりから時が止まっているような部屋で、子供の読むような漫画や、プラモデルなどが置かれ、
TVもなく、ましてゲーム機や電話もなく、現代を象徴するようなものや外界との接点を持つものが、何一つないような異質な部屋でした。

それより異様だったのは、シミだらけで黄色を通り越して黒ずみ、ペラペラになった布団と、半裸の母親の姿。
依頼者には黙っていましたが、複数の状況を見るに、長年、母親と弟は近親相姦をしていたのでは・・・と感じたそうです。
30年近くも部屋に閉じこもっていた弟と、無責任に溺愛していた母親。

地方の片隅には、まだこのような異空間がひっそりとあったのです。

コメント

  1. 横道坊主 より:

    これは想像を超えるキモさと
    体液臭との、コラボレーションだな。

  2. 奈那 より:

    うわぁ…

    こんな母親にはなりたくないな