昔、祖母から聞いた話です。
昭和20年春先の事。
祖母は戦時中強制的に工場で働かされていた上、子供達とは集団疎開で離ればなれに暮らしていました。
祖父は海軍に出兵していたそうです。
仕事が終わると夜は狭苦しい部屋に10人くらい詰め込まれていました。
日頃から監視の目が厳しく、少しの自由も与えられませんでした。
祖母は、全てを投げ打って国の為に尽くした私達に国は何をしてくれたのか?愛する夫を死地に送り、子供達とは離ればなれの生活。病気で亡くなった母とも会えなかった。
こんな不条理に愛想を尽かした祖母は工場の脱走を試みました。
当然周りは「日の丸万歳」な人ばかりなので、誰にも話すことなく機会を窺っていました。
ある時工場から出荷するトラックがある事を知り、荷台に乗り込み途中走るトラックから飛び降りたそうです。
落ちたのは砂利道の上で、手や足を擦りむきあちこちから血が流れ落ちました。
痛い。だけどそんな事よりもう少しで子供達に会える…そう思った祖母は前へと歩き出します。
2時間ほど歩くと日が傾いてきて、辺りはすっかり薄暗くなってきました。
当然外灯などない中、祖母は一心不乱に歩き続けました。
4時間ほど歩いた頃でしょうか、さすがに足が思うように動かず、祖母は夜を明かす為近くの家を探しました。
程なくして村を発見しました。村と言っても3軒しか家がなかったそうです。
しかし辺りは疎開の後か誰も住んでいる気配はありません。
祖母は「どちら様か分かりませんが一晩泊めて下さい」と手を合わせ、一軒の家に上がり込みました。
月明かりが差し込む囲炉裏の前で火を起こし、足をさすっているうちに疲れからかウトウトしていたそうです。
暫くしてガタガタッと戸が開く音で目覚めました。
目を向けると、若い兵隊さんが立っていて
「あなたはどちら様ですか?何故私の家にいるのですか?」
と聞いてきました。祖母は
「子供達に会う為歩いていましたが、暗くなって困っていたところ、この村を見つけました。誰もいなかったので申し訳ないのですが勝手に上がらせてもらいました。すみません」
と謝ると兵隊さんはニッコリ笑い
「そうでしたか…それは大変でしたね。こんなところで良かったらゆっくりしていってください」
と言って帽子を取ると囲炉裏の向こうに座りました。
見た目二十歳くらいだろうか?祖母から見たら小さい時、病気で亡くなった弟のような感じでした。
それにしても戦争中に自分の家に戻ってくる事が出来るだろうか?と思っていると
「母さんも姉さんもどこへ行ったんだろう…」
と少し苦しそうな表情を浮かべました。
「お顔が優れないようですが、大丈夫ですか?」
と問いかけ、兵隊さんを覗き込むと祖母は「ヒッ!」と驚いて尻餅をつきました。
よく見ると、先ほどと違い兵隊さんの顔や手は焼けただれ軍服はボロボロになっていました。
怖くなった祖母は逃げようとしましたが、兵隊さんは
「待って下さい!あなたを驚かせるつもりはありませんでした。私はただ家族に会いたくて戻って来ただけなのです。…元々私は戦争には行きたくなかったのです。しかし今の時代、そんな事を言えば非国民と罵られ母や姉に迷惑がかかってしまいます」
そして少し間をおき躊躇いながら
「………あなたが思っている通り、私はもうこの世のものではありません。それでも私は最後に母や姉に会いたかった。ただそれだけなんです」
と涙を流していました。
怖がっていた祖母は亡くなってしまっても家族に会いたい、という兵隊さんの気持ちに切なくなり一緒に涙を流したそうです。
と、同時に同じように出兵している祖父が浮かんで、やりきれない気持ちになりました。
兵隊さんは
「私の為に涙を流してくれてありがとうございます。…母や姉に会えなかったけど、最後にあなたのような優しい方に会えてよかった…」
と微笑みながらだんだん薄らいでいきました。
「待って!あなたのお名前は?」
「〇〇です…」と呟くと祖母は立ち上がり
「〇〇君万歳!〇〇君万歳!」
と涙ながらに叫びました。
それを見た兵隊さんは敬礼したまま消えていったそうです。
消えたあとも涙が止まらず、祖父や子供達に会いたいという気持ちが一層強くなりました。
やがて夜が明けると祖母は子供達に会うため歩き出したのです。
コメント
ガチ泣けた
遠野物語では、魂で浮遊してという話がある。