ヤマチュー

ある男性の話。
Aさんは、友人のBさんとお酒を飲みながら世間話をしていた。

久しぶりの再開だった為、最初の内は、仕事の愚痴とか、
彼女が出来ないとか、男同士のよくあるベタな話題が花を咲かせた。

ある程度、会話に区切りがついた段階で、
おもむろにBさんが語り始めた。

Bさん「そういえば、、この前変な夢見ちゃってさ、その話してもいいか?」

夢の話?と、Aさんはいぶかしげに思ったが大丈夫、と答えた。

Bさん「あのな、夢の中で、俺はどこかのショッピングモールの通路に立ってるんだよ、
〇オンとか、あういう感じの真ん中が吹き抜けになってるタイプのやつ」

よくあるショッピングモールの通路を、Aさんは思い浮かべながら、話を聞く。

Bさん「そこでなんとなく、周囲を見回していたら、
通路の行き止まりのある一角に視線がいっちゃってさ」

ある一角?とAさんは聞く?

Bさん「とにかく気味悪いんだよね、そこ。普通ショッピングモールのお店って、
通路からでも、中が見れるようになってるじゃん。でも、そこは違うんだ。
外からじゃ、店の中なんてまず確認できないし、そもそも入り口自体がもう薄暗いんだよ」

なんだよ、それ。とAさん。

Bさん「おまけに、なんていったらいいか、匂いが物凄くキツイんだ。
言葉悪いけど、汚物とか、あういうののもっとキツイ感じ。

そこで、そんな気味悪いトコなのに、夢の中の俺は、
好奇心からか、そのお店の中を覗いてみたくなっちゃったんだよね」

その例えで、少しばかり気分が悪くなりながらも、
Aさんは頷きながら聞いていた。

Bさん「本当に、凄い異臭がするんだけど、
何とか、鼻を押さえつつ入ってみたら、
中は少しだけ明かりが点いてて、確か、ピンク色だったかな」

「…お前、それ如何わしい店だったんじゃねえの」と、
Aさんは茶化すような合いの手を入れたが、

だったら良かったよ、とBさんはつぶやき、話を続けた。

Bさん「その店の中に入った時から、ある音っていうか、
鳴き声みたいのが聞こえてきてたんだけど、その時は、
特に気に留めなかったんだ。もっと奥に入ってみようと、
とにかく進んでみた。そしたら、少し開けた空間が見えたんだ、でも…」

口篭んでしまったBさんを、少し心配そうにAさんは見つめた。

Bさん「…中に入ったらさ、床にマットみたいなのが敷かれてて、
そこに人が寝かされてるんだよね。それでもう一段高くした段差の所に、
丁度、昔の和式便所で用を足すみたいな形で、”何か”がまたがってるんだよ」

”何か”がまたがってる?とAさんは聞いた。

Bさん「ああ。あれは人間じゃない。最初、俺も人間だと思ったんだ、二足歩行で、
腕も二本あって。正確に言うと、身体は人間なんだ、でも頭が違うんだ。
目が異常に大きくて、鼻は無くて、口元からはチューブみたいな長い管が垂れてるんだ。
まるで昆虫か何かの…そうだな、分かりやすく言えば”蝿人間”って感じかな」

それで、その蝿人間は何してるんだ?とAさんは、少し動揺しつつも聞いた。

Bさん「…そいつ、少し高い段差から、下で寝ている人の頭の部分にまたがるようにして座ってさ、
その口元の長い管から、何か体液を口元に注ぎこんでるんだよ。ゆっくり、坦々と…」

何だよ、それ!…気色悪いな~、と、Aさんは率直な感想を述べた。

Bさん「それも、確かに気色悪かったけど、その寝かされて、体液を注がれてる人の表情を見た時、もっとゾッとしたね。…何かすごい嬉しそうなんだよな、危ないクスリでもやってる人みたいなさ。…俺は、通路の陰越しにそれを見ていたんだけど、何かの拍子に、その蝿人間がこっちに気付いてさ、目があっちゃって、やばいって思った時に、目が覚めたんだ」

は~、それは散々な夢を見たな、とAさんはBさんに軽く同情した。

Bさん「ああ。本当に気持ち悪かったよ、あの夢は。…でも、な、離れないんだ…」

離れないって、何が?とAさんは聞く。

Bさん「夢の中の音って事は、実際には聞いてないはずだろ。
…でもさ、夢から覚めても、しばらく耳から離れなかったんだよ、
その”蝿人間”の鳴き声。

…”ヤマチュー”ていう鳴き声、がさ」

それを言い終えると、
Bさんはビールの中ジョッキをグイっと飲み干した。

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