狐火

「お母さん、神社の方に遊びに行ってきてもいい??」

「いいけど、暗くなる前にちゃんと帰っておいでね」

田舎の夜は早い。
夕闇に包まれ、辺りが薄暗くなっても戻ってこない我が子を心し、母親は神社まで我が子を探しに行った。

「○○~!○○~!」
だが、子どもの返事はない。

母親は神社に祀られていたお稲荷様に向かって
「どうか。○○が無事帰ってきますように」と手を合わせて祈った。

その像は青白い月に照らされ、ボウッと輝くようであった。

母親がふと、神社の敷地内にある井戸に目をやったとき、その側に見覚えのある草履があるのが見えた。

「あっ!!○○!!」
母親は、思わず井戸に駆け寄り、井戸の中を奥まで覗き込んだ。

神社の脇から入ることの出来る山で夢中になって遊ぶうちに、気づくと、夜になっていた。大分奥まで入ってしまったらしい。子どもの記憶力には限界がある。帰り道がわからない。。。。。

月が辺りを照らしているといえど、子ども心に恐怖心と、不安感が募っていく。

「お母さん。お母さん!」
何度叫んでも、子どもの前に、愛しい母親の姿は現れなかった。

少年は、うずくまって
泣いていた。

「○○ちゃん」
ふいに、頭上から懐かしい声が響いた。
「お母さん!」
見上げると、いつもの穏やかな母親の顔がそこにあった。

「心配したんだよ、さあ帰るよ」

「ゴメンナサイ。。」

母親は怒ることもなく、ただ優しく微笑むと、少年をおぶった。

心地よい母親の背に揺られ、子どもの意識が眠りに入りはじめた頃、不思議なものをみた。
それは、青白い幾つもの炎が、ゆらゆらと斜面に沿って、揺らいでいた。

「お母さん。あれは何」

「狐火だよ。誰かが死ぬと、狐が悲しんで、火を灯すのさ」

「ふうん」

青白い炎と月に照らされ、少年は母親ほ方へ視線を戻した。

「わっ!!」
少年は声にだせず、ただただ驚いた。
母親が、狐面を被っていた。
嘘だと思い、もう一度見直してみると、次はいつもの母親の顔があった。

背に揺られ、少年はいつの間にか眠ってしまった。

あれは、きっと全て夢だったのだろう。

月日は流れ。。。

「おばあちゃん。遊びましょ」

「おばあちゃん、ずっといなかったね。どうしてたの」

「へえ病気だったの?もう治ったの?」

「また色んな遊び教えて」
老婆の住んでいる家には、毎日のように近所の子ども達が遊びに来ていた。

「うるせえなぁ、なんだってウチのばあちゃんは子ども達にああモテるんだよ、こっちは試験勉強だっていうのに」

「あら、そんな事いってもあなたもおばあたちゃん子だったじゃないの、ほら、よくお稲荷様に連れて行ってもらったりして」

菓子と茶を運んできた母親が言った。

「ちぇ、そんなこと忘れたよぅ」

そう言いながらも、少年の胸には祖母との懐かしい思い出がよぎっていた。

「大分、悪いようですねぇ、どうにか冬は越えましたが、お年ですし、心臓もかなり弱ってきています」

町の医者が男性に伝えた。

「あの、おふくろが油揚げ好物なんですが、やっぱり良くないんでしょうか」

「そうですねぇ。。しかし、残り少ない人生ですから、好きなものをうんと食べさせてあげて、喜ばせてあげる方が良いのかもしれないですね」

帰路につきながら、男性は思っていた。

「おふくろ、そんなに悪かったのか。。思えば、何も親孝行できなかったな、家族旅行も留守番させたりして。せめて今の元気な内におふくろを温泉に連れて行ってゆっくりさせてやろう」

家に着き、彼は自分の提案を家族に話した。

「実は、おふくろを温泉に連れて行ってやりたいんだが」

「そりゃあ良いよ。父さん、ばあちゃんも喜ぶよ、温泉につかってもらって、うんと長生きしてもらわなくちゃね」

「ええ、あなた、そうしてさしあげて」

その日の夜、男は母親の寝ている姿を見ながらふと、少年時代の思い出が蘇った。

少年が小学生の頃、戦争で父親が死に、母親は町の酒場で働いて、彼を育てた。

少年が布団の中でまどろんでいると、野太い声の男と共に、母親の帰って来る靴音が響いてきた。

「またお客さんと一緒かぁ」

「静かにしてよ、子どもが寝てるんだから」

そう言った、母親の影が障子に映ったとき、狐のように見えたのは幻か。

今から思えば、田舎にいたころの母親と酒場で働いていたときの母親は別人のようであった。そして、母親の周りには金回りのよさそうな男たちがウロウロしていた。母親は不思議なくらい男にモテていたのだ。

「じゃあ、行って来るよ」

「これ、おばあちゃんの好きな油揚げ、途中で食べてね」

「ばあちゃん、ゆっくりしてきて」

駅までの道のりを母親と歩く息子。

「なにも、会社まで休むことなかったのにさ」

「いえいえ、たまには孝行させて下さいよ。母さん」

「おや、坂だ。母さん、おぶりましょうか」

「いいよ、そんなみっともない」

「言ったでしょう。孝行させて下さいよ。親子なんですから」

そう言うと、母親は少し照れたように、息子の背におぶさった。

「おふくろ、こんなに軽くなってたのか。昔はよくおんぶしてもらってたっけ。。」

息子の目に、うっすらと涙が滲む。

母親を背負いながら息子は、どこまでも続く長い阪を登っていく。

息子がかつて住んでいた田舎には、親をなくした子どもを狐が育てると言う言い伝えがあった。。。

コメント

  1. 匿名 より:

    西岸良平さんの漫画でみたきがする。

  2. 匿名 より:

    西岸良平さんの漫画でみたきがする

  3. 匿名 より:

    母親は井戸に落ちて死んだってことか?

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