記憶を追う女

中学三年の初夏、従姉妹がこんな話をしてくれた。

春頃から、従姉妹は頻繁にある夢を見るようになった。幼い頃の従姉妹が、よく通っていた公園の砂場でひとり遊んでいると、そこに女が立っている。

淡いピンクの服を着た、黒いロングヘアの女が従姉妹を見つめ立っていた。

その夢を見た次の夜、夢は舞台を変えた。小学校に入ったばかりの授業参観の光景。後ろに沢山並んだ親たちの中に自分の母親もいるはずだった。

教師にあてられ正解した従姉妹は誇らしさを胸に後ろを振り返った。だがそこにいたのは母親ではなく、公園で従姉妹を見つめていた女だった。

次の夢は小学校高学年の頃の運動会。従姉妹はクラス対抗リレーに出場していた。スタートと位置に立ち、走ってくるクラスメートを待った。
もうすぐやってくる。腰を落として身構え、後方を見た。走ってきたのは公園にいた女だった。両手足を滅茶苦茶に振りながら凄いスピードで近づいてくる。従姉妹は恐怖を感じ慌てて逃げ出した。
一瞬女の顔が見えた。異様に白い肌、細い目、高い鼻筋、真っ赤な口紅が塗られた唇を大きく広げニタニタ笑っていた。そこから覗くのは八重歯を見せニタニタ笑っていた。

翌日の夜、従姉妹は寝る前から予感を抱いていた。今日も夢であの女に会うのではないか。それは殆ど確信に近かった。そして、その通りになった。

夢の中で従姉妹は中学生になり、その次の夢では高校生になっていた。

そして、どの夢でも必ず不揃いな黒いロングヘアの女が八重歯を見せニタニタ笑っていた。

夢のたびに汗だくで目覚め、従姉妹はあることに気づいた。
もしかして、女は私の記憶を追ってきているのではないか。

その仮説は正しかった。眠るごとに夢の従姉妹は成長し、女は必ずどこかに現れた。あるときは見上げた階段の上から、あるときは電車の向かいの席で、あるときは教室の隣りの席から。
従姉妹はここに至ってもうひとつの法則に気がついた。女との距離がどんどん縮まっている。いまではもう女の三白眼も、八重歯と八重歯の間で糸を引く唾液もはっきりと見えるようになった。

従姉妹はなるべく眠らないように、コーヒーを何杯も飲み徹夜した。しかしすぐ限界がくる。女は、昼に見る一瞬の白昼夢にも現れた。
そしてとうとう現実に追いついた。

そこまで話すと、従姉妹はうなだれるように俯き黙った。黒い髪がぱさりと顔を覆い隠す。すっかり聞き入っていた俺は、早く続きを知りたくて急かした。催促する俺を上目遣いで見て、従姉妹はゆっくりと笑った。

「だから現実に追いついたって言ったでしょう」

そう言ってにやりとした従姉妹の口元は、八重歯が生えていた。

いつから従姉妹が八重歯だったのか、俺には自信がなかった。

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